アイリーングレイ E-1027邸のサテライトミラー

アイリーングレイは、1920年代にかのル・コルビジェと深い親交のあった、アイルランド出身の女性デザイナーであり建築家です。2017年に公開された映画「ル・コルビジェとアイリーン 追憶のヴィラ」でその才能が表現されています。

E-1027邸とは

何ともミステリアスな名前の家(ヴィラ)はフランスのコートダジュールの海沿いカップマルタンに、1926年に建てられたとされます。E-1027のEはアイリーン(Eileen)のE、10はアルファベット10番目のJ、2はアルファベット2番目のB、7はアルファベット7番目のG(Eileen GreyのG)です。10と2(JB)とは当時一緒に仕事をしており、恋人であったジャン・バドヴィッチ(Jean Badvici)のことです。

恋人と過ごすためのヴィラに二人の名前を暗号のように付けるなんて、興味をそそられるデザイナーですね。当時コルビジェが提唱していた「家と建設の空間原理の概念」へ応答(オマージュでしょうか)として建てた、このヴィラのデザインをコルビジェは彼女の才能に嫉妬したと言います。建築のみならずこのヴィラの為にデザインされた家具なども高い評価を得ます。特にE-1027テーブルは、建築に興味のない方でも一度は見たことがあるデザインでしょう。

E-1027テーブル
E-1027テーブル

ル・コルビジェはこのヴィラを何度も訪れ、裏手に休憩小屋を造った程です。この休憩小屋は後に世界遺産に認定されています。彼はE-1027の部屋が殺風景であるという理由でグレイが留守の間に、壁にキュビズム的な女性の裸婦像を描いてしまい、それを見たグレイは立腹したと伝えられています。この頃の彼女の取り巻きはコルビジェの他、マレスティーブンス・ヴァルターグロピウス・フレデリックキスラーなど建築の世界では名を遺した巨星たちでした。ちなみにコルビジェは、ここカップマルタンにて1965年水泳中に心臓発作で亡くなっています。

コルビジェとアイリーン
左からコルビジェ・アイリーングレイ・ジャンバドヴィッチ

アンドレ プットマン

アイリーングレイの名を有名にしたのがアンドレ プットマンではないでしょうか?フランスのインテリアデザイナーで1978年にエカール インターナショナルを設立し、家具のリプロダクトや商業施設のデザインからフランスの財務大臣のオフィス・コンコルドの内装などを手がけました。圧巻はニューヨークのホテル ・モーガンズです。1984年に造られたブティックホテルの走りで、こじんまりしたホテルの内装は白黒の市松模様とベージュを融合させた抜群の感性が光るデザインです。

モーガンズのレセプション
引用:MOGANSNEWYORK
モーガンズのバス
引用:MOGANSNEWYORK
モーガンズの部屋
引用:MOGANSNEWYORK

筆者は1986年にニューヨークに行く機会があったので、「これはチャンス!」とばかりに一泊だけ泊まった経験があります。その時のインパクトは今も忘れていません。締まった色合いを使いながらもベージュの暖色で和らげ、鋭角なデザインもありながら曲線で包み込む。柔らかい音楽が心地よいのと同様、視覚が落ち着くデザインだった記憶があります。今で言うならアルマーニカーサのデザインの祖と言ったらアルマーニに怒られそうですが、同じ周波数を感じます。

モーガンズのレターヘッド
レターヘッドも手を抜かない

今でもカッシーナ等でアンドレ プットマンデザインの家具は販売されていて、プットマンファンにとってうれしい限りです。しかし個人的には家具にはプットマンの良さがあまり表現されていない気がして残念です。家具単体のデザインは女性が持つフェミニンさゆえか、優しすぎるのかも知れません。彼女のデザインする空間にあってこそ引き立つものなのでしょう。コルビジェの家具のように、それ単体のミニマリズムの美学とは一線を画す気がします。2013年に亡くなってしまいましたが、もっともっと彼女のインテリアデザインを見たかった・・感動したかった!

今でもこのホテルは営業をしています。2008年にプットマンが改装していますが、それ以降変わっているのかは不明です。ニューヨークに行く際には是非お勧めします。

サテライト ミラー

サテライトミラー
サテライトミラー

話をアイリーングレイに戻して、E-1027邸の洗面台用にデザインされたサテライト ミラーがあります。これもエカール社がリプロダクトしており、一時期販売もしていました。日本で販売されていた記憶はないので、ほとんど日本では現存していないのではないでしょうか?私は一時期プットマンの日本で活動(デザイン)に関わりを持っていたので、エカール社からサテライトミラーを取り寄せ、30年以上保管をしています。

なかなかこのミラーを設置する空間を造り上げられないのが残念です。90年以上前にデザインされたとは思えない程、洗練されたデザインと機能には驚きです。サテライトの名の如く拡大鏡が衛星のように周り、実用的であり機能性のある鏡で手放すことが出来ませんが、引っ越しを機に手放さざるを得ません。悲しい事です!